上田敏「海潮音」

 
 恋の玉座

ダンテ・ゲブリエル・ロセッティ




           さだ
 心のよしと定めたる「力」かずかず、たぐへみれば、
  まこと   くち             のぞみ  まなこ そらあふ
 「真」の唇はかしこみて「望」の眼、天仰 ぎ
  ほまれ つばさ おとだか うづみび    か こ  あふ
 「誉」は翼、音高に埋火の「過去」煽ぎぬれば
  とぶひ ほのほ あかあか えんじよう
 飛火の焔、紅々と炎上のひかり忘却の
  い            おどろか    と   か
 去なむとするを 驚 し、飛び翔けるをぞ控へたる。
     きぬぎぬ                 やはて
 また後朝に巻きまきし玉の柔手の名残よと、
  こがね
 黄金くしげのひとすぢを肩に残しゝ「若き世」や
   し で     かざし    いつ いつ
 「死出」の挿頭と、例も例もあえかの花を編む「命」。
 

         ぎよくざ                          あら
 「恋」の玉座は、さはいへど、そこにしも在じ、空遠く、
  あふせ わかれ つじかぜ                  さか
 逢瀬、別の辻風のたち迷ふあたり、離りたる
             とほ        しじま  つぼねおくふか
 夢も通はぬ遠つぐに、無言の局 奥深く、
                            まこと          まごころ
 設けられたり。たとへそれ、「真」は「恋」の真心を
  つと            のぞみ        かねごと   ほまれ
 夙に知る可く、「望」こそそを預言し、「誉」こそ
                                       を
 そがためによく、「若き世」めぐし、「命」惜しとも。



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