山村暮鳥
「風は草木にささやいた」



  
 風の方向がかはつた


 
どこからともなく
 
とんできた一はのつばめ
 
燕は街の十字路を
 
直角にひらりと曲つた
 
するといままでふいてゐた
 
北風はぴつたりやんで
 
そしてこんどはそよそよと
                   うみくさ
どこかでゆれてゐる海草の匂ひがかすかに一めん
 
街街家家をひたした
 
ああ風の方向がすつかりかはつた
 
併しそれは風の方向ばかりではない
 
妻よ
 
ながい冬ぢうあれてゐた
 
おまへのその手がやはらかく
 
しっとりと
 
薄色をさしてくるさへ
 
わたしにはどんなによろこばしいことか
 
それをおもつてすら
 
わたしはどんなに子どもになるか