・Dさんの大学時代

 首都圏の大学に進学します。この時点で眼鏡をコンタクトに切り替えたりと、脱オタ的な動きを少しだけした記憶もあるのですが その考えはもろくも崩れ去ります。ちょうどインターネット前夜の時代にあたるこの時代、地方/東京のオタクが持っている情報格差がかなり大きかった事もあり、その魅力にどっぷりとつかっていきます。TRPGサークルに入り、さらに家庭用ゲーム機のサークルに出入りして同人誌作成に携わったりしています。その中での男友達とのコミュニケーションが非常に楽しく、当時は全人生をかけても良いと思っていました。大学ではコンピュータ系の学科を専攻したため、学科全体で女性は数えるほどでした。そのため女性とのコミュニケーションの機会がほぼ皆無の状態となります。性欲的にもコミュニケーション的にも女性に対して非常に飢餓感を抱くようになってきたのもこの時期です。おそらくこのあたりが僕自身の限界点だったのかなと思います。これが結果として脱オタ活動を始める転機になります。

 飢餓感の結果として、20を過ぎたあたりから彼女がほしいと思うようになってきました。ただし当時考えていたのはオタク的趣味を理解できるオタク的彼女を作ろうと考えていました。そこで具体的な行動をすることになります。サークル内で数少ない女王蜂的女性メンバー(その人も姫と呼ばれていました)にちょっかいを出そうとして周りの男性メンバーにサークルから追放されるという結果に終わります。この結果はシロクマさんのテキストを読むまで実は状況が良く理解できず、単なる失恋にしては何でサークルを追放されるのか良くわかっていなかったのですが、典型的な現象なのかもしれません。この後おもしろいことが起こりました。サークルは追放されましたが、その女性メンバーとは恋愛感情抜きにより親しい友達になってしまったのです。そして彼女から奇妙な戦略を教わります。つまり女性オタクの中に入ってみてはどうかという提案でした。彼女は自分と逆の立場になればいいのではないかと思ったようです。

 彼女はやおい趣味に造詣も深く、その方面での人脈(女性限定)をもっていました。僕自身はやおい趣味に嫌悪感をもっていなかったこともあって、自分の好きなジャンルとかぶる部分を選びながら、ちょうどその頃盛んになってきたインターネットチャットを通してやおい趣味の女性とコミニケーションを取り始めたのです。この辺りから、僅かながら女性に気に入られるにはどうすれば良いかという事をファッションを通して考える意識がもたげてきますが、地方出身で周りはオタクばかりの状態でどうすば良いのかよくわかっていなかったと思います。また女性オタクたちも、最低限のファッションのレベルは保っているのですが、男性オタクにアドバイスすることもないので、ほぼファッションセンスの向上はありませんでした。それでも、段々と身なりを清潔にするということを気にし始めます。

 オタク女性とのチャット上のコミニケーションは総じて成功していたようですが、あまり恋愛的な進展を望まれることもなく、またこちらも望む相手にも出会えず、結局良いお友達的な関係が構築されます。もしかしたら元々私がそのジャンルに接触したのが実は心から好きで入ったわけではないというのを、彼女達が感じ取っていたのかもしれません(おそらく彼女達からみればまさに不純な動機ですよねえ)。まだまだファッションセンスというものを僕自身が持っていなかったからだと思います。女性とコミュニケーションをそれなりに楽しんでいたのですが、最終的に脱オタにつながる最後の転機が大学院に入った後訪れます。




 ・大学院進学後

 この時期はチャット黎明期で、出会い系と呼ばれるものが少しずつ出てきていました。そのころコンピュータ関係のアルバイトをしていて、社会人の知り合いの方がいました。何気なくこの方にチャットの話をしたら、面白いところがあるからとこの出会い系のチャットを教えてくれたのです。学生、主婦、寂しい女性がたくさんいるにびっくりしたことを憶えています。実際ここで僕は、そこそこもてるという経験を初めてしました。いわゆるネット軟派師になっていきました。基本的に僕の戦略は女性の話をひたすら聞くというものでしたが、まあまあの成功率がありました。チャット上のコミュニケーションスキルが向上する一方、まだまだ自分のファッションは清潔感はあっても野暮ったいものでした。そこのチャットで結局今の妻になる女性に出会います。彼女は私より年上で社会人でずいぶん世慣れていて、失恋の話を聞いているうちに付き合うことになりました。ここで私は、彼女から「ファッションセンスがないよー」と初めて指摘され、オタク的であるとずばり指摘されました。私は彼女に気に入られるにはどうすれば良いか素直に彼女に聞きました。どうもその態度が母性本能をくすぐったのかどうかわかりませんが、彼女による僕のファッション改革が始まりました。母親のように全ての衣類を買ってもらっていましたが、そこにはファッションセンスがありまた。金銭的にもヒモ状態でした(笑)

 ここで僕は初めてファッションが面白いものなのだなということを気が付きました。僕自身の美的な感性とファッションというものが初めて結びついてきました。このころしていたファッションは横浜の町の中(デートの場所が横浜だったので僕自身は横浜でしか比較していません)を歩くと同世代では結構いるな程度で、そこまでおしゃれをしていたわけではないのですが、コンピューター系学科大学院ではかなり浮きまくっていたのを覚えています。彼女との関係の維持が重要であり、また研究も忙しくなってくると、これまで楽しくて楽しくてしょうが無かったオタク趣味を通したコミニケーションが逆に重荷になってきました。ここでだんだんとオタク趣味を共有した友人との距離感が大きくなり、自然と関係は希薄なものとなってきました。結局親しい友人として残ったのは、オタク趣味を持っていてもその趣味を共有することなく人間的に面白いなあと思って付き合っていた人だけになってしまいました。





 シロクマ注:

 大学入学直後に一念発起…しかかったようですぐにしぼんでしまうという現象は、大学に進学したオタクさん達に普遍的にみられるストーリーですが、まあそれはともかくとして。

 既視感のあるストーリーだと感じた人もいることと思います。症例1のAさん然り、症例2のBさん然り、戦場はそれぞれ異なれど、いずれのケースでも“異性を巡る気持ち”“異性との出会い・コミュニケーション”が脱オタの動機として大きな位置を占めており、さらに異性との交際そのものが服飾を含めたコミュニケーションの技術を向上させていっています。そういえば、電車男もまた、異性との出会いと接近が彼を駆動したという点ではリアリティがあると言えるかもしれません。ひょっとしたら、世間で言われる“脱オタ”という行動は、異性を求める心性が無ければ発生しないのかも?よく考えたら、目下の所、同性への優越を獲得する為だけに脱オタしたという話は殆ど聞きません。私の知る脱オタ者は須く、異性がらみの動機を隠し持っていますし。

 それにしても、何をすればいいのか解らない、どこから手をつけたらいいのか解らない中、Dさんも必死だった事でしょう。オタコミュニティのなかの女王蜂にせよ、やおい女性にせよ、恋人探しの環境としては明らかに不向きなフィールドですが、理系大学でオタクをやっていると異性と出会う機会が他にはなかなか思いつかない&踏み込めないことでしょう。だからこそ、オタクコミュニティの中に女王蜂が発生して、猛威をふるいがちなわけですが。とはいえ、オタク世界の女性との交際は決して無駄だったわけではなく、後日のチャットにおけるノウハウとして密かに蓄積していたと私は推定しています。出会い系の前段階のトレーニングとしては、むしろぴったりだったのかもしれません。異性を前にしてキョドらない事や、女性と男性の感性の微妙な違いを知る事、これらはやおい女性達と友達でいるだけでもかなり学習する事ができます(彼女達も、女ですから)。少なくとも、男性だけのオタクコミュニティにこもっているだけではどうにもなりません。

 そして、出会い系で出会った女性。今は奥さんになっているその女性がDさんの服飾上の問題点を指摘してくれたばかりか、服をじかに買ってくれたとは!女性がパトロン兼アドバイザーになってくれるなど、幸運の女神が気まぐれを起こしたとしか思えないエピソードですが、服飾のノウハウをマスターするには最適の環境が得られた事だけは間違いありません。そういえば、他の多くの脱オタの人達も、女性との出会いが大きな転換点になってますね。交際の転帰は様々でも、決定的な何かを与えてくれた女性達との出会いが脱オタ者を導いていくのでしょうか。

 “自己侮蔑という男子の病気には、賢い女に愛されるのがもっとも確実な療法である
                                      ニーチェの格言より

 重要な鍵となる女性との出会いは、脱オタの必要条件なのかは定かではありませんが、十分条件なのでは?と思いたくなってしまいます。どちらにせよ、大事な女性との出会いだけでなく、様々な人達との出会いと別れがDさんのストーリーを成立させている事は間違いありません。女王蜂だってオタク仲間だって、もし出会ってなければ今のDさんのストーリーも変わっていたのかもしれません。オタクフィールドから少しづつ疎遠になっていったとしても、思い出や感謝はDさんの心の中にずっと残るのでしょう。

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 ※本報告は、Dさんのご厚意により、掲載させて頂きました。今後、Dさんの御意向によっては、予告なく変更・削除される場合があります。ご了承下さい。