このテキストは、こちらの続きです(症例12、Lさん)。



Lさんの社会人生活

 大学院は修士で卒業し、上には進学しませんでした。研究者としての自分に限界も感じていたし、確固とした研究テーマを持って次に進めなかったからです。就職難と自身の世間知らずもあって、アルバイトでしか職に就けませんでした。大手PC&パーツ販売店で働きました。主に事務的業務でした。男ばかりの上に、職場の環境は色々な意味で悪かったと思います。気が強くて頑固な所があるので、同僚達になめられない様にと仕事の失敗はしないよう気を張っていたし、怒るようなことも多くその為に十二指腸潰瘍になりました

 その頃、別の課の男性で仕事上顔を合わせたり話をする人に食事に誘われました。3才年下で真面目そうな人に思えたので誘いに乗ってデートし、2回目おごってもらったお返しに私が食事をおごる事になりついでに映画もみる事になって、帰り際に付き合いたいという告白を受けました。しかし、相手のこともまだ良く知らなかったので、まずは友達から・・・という事でお返事したのですが、相手にとっては不十分な回答だったらしく何日かあとに電話で「俺のことはどう思ってる?」「友達からって、それは俺はダメってことでしょ」と話をされ、相手との意思疎通が上手くいっていない事に気づきました。同時に、2回のデートでいきなり彼女としての私を求める彼に対し、非常な違和感を感じ結局私がふった形で終わりました。確かに私もそっけない態度だったのかも知れませんが、いきなり彼女になれというのは、私で無くとも女性にとって一般的に無理ではないかと思いました

※ついでに最近気づいたのは、この頃私に好意を持った男性は2人居たのですが、私がその人の前で泣いた事がある、という事に気づきました・・・。気が強くクール(ふりですが)な人間が弱さを見せたのがポイントだったのかも知れません。

 オタク趣味は、働いている場所が電気街でオタク趣味が最も高いゾーンでしたので自分が関わってきた女性向けジャンル以外にも触れることができました。例えば男性向けエロゲーや男性向け同人誌は、別の店で取り扱っていたし仕事上その売り場に行って販売員と話をすることもありましたので。
(販売員の男性は女性の立ち入りにドギモ抜かれてあせっておられましたが・・・)
そうやって色々なオタク趣味をフィールドワーク的に眺め、自分のオタク趣味も学生時代より満喫していたと思います。同時に、自分の中でのオタク趣味の順位づけがハッキリしました。音楽鑑賞のほうが、オタク趣味より大事であるという事でした。禁止されたら困るのは、オタク趣味ではなく音楽のほうであるという結論。





Lさんの現在

 転職して地元でアルバイトをしています。職場は既婚者が多く、異性と知り合う機会も殆んどありません。プライベートでは相変わらず彼氏いない歴=年齢のままで過ごしています。摂食障害も社会人になってからは、殆んど無くなりました。

 音楽鑑賞は、オタク趣味より大事と結論がついてからはどっぷりです。むしろ、音楽に対する執着のほうがオタク趣味より依存度が高いのでそれを脱することは絶対出来ないな・・・と諦めました。 音楽とオタク趣味を持つ女性の友人もネットを通じてできましたし実際一緒に遊んだりすることもあります。ですので、脱オタはできていないのですが、執着は薄いほうだと思います。また、以前から少しだけ自作PCに興味を持っていたのですが、最近になって関心が強まり、ついに自分で一台作りました。アニメ・漫画以外の新たなオタク趣味に足を踏み入れてしまった感があります。ただ、投資額は少なく専門誌を読んだりする程度です。

 またオタク趣味を持たない友人とも連絡を取り合って会う事もありますが、休みの人は殆んど一人で音楽を聴いたりして過ごしています。スケジュールはライブの予定以外は、家で暢気に過ごしています。海外旅行には行きたいのですが仕事の関係上行けず、ストレスを感じていますが、以前より引きこもり傾向が強くなった様です。

 異性と知り合う機会を自分で持とうという積極性が無く結婚にかんしても消極的で、まずい傾向であるという気がしています。今、恋愛に興味が無い訳ではなく憧れもあるのですが・・・。出会いを求めて、もっと積極的に行動するべきなのかも知れません。


追記

 自分の両親も恋愛に関しては一般的に変わっていた様です。お見合いで出会い、月に1回のデートを一年半続けてその間キスのひとつもせず友人のまま付き合いを続けたそうです。その後、この人となら家族になりたいとお互い思って結納に進み、その頃はじめてキスしたそうです。見合いで出会ったとはいえ、いきなり友人から家族になった感じだったとか。おそらく、お互い処女&童貞だったのだと思われます。母親曰く「お父さんもお母さんも中性的だから」「お母さんも女友達から男みたいな所があるって言われたし、お父さんも男だけどおっとりしてるし割とふたりともアッサリした所があるから」「友達みたいな夫婦関係と思う」

そういう所は確実に私に引き継がれていて、いわゆる男女関係的な付き合いが苦手で友人同士のような付き合いを求めていると思います。

 
 







 Lさん、貴重な体験談ありがとうございました。

 シロクマ注:
 大学院卒業後、オタクからの告白に当惑しまくるLさんですが、文章を拝見する限り、これは告白される側の女性としては戸惑わないほうがおかしいというものでしょう。僅か二回のデートで早急な結論を求める彼の心理は、あくまで彼の不安だけを反映したものであり、目の前の異性たるLさんの心情というものはそこでは忖度されていません。まるでエロゲ脳、といったところでしょうか。その、自己中心的な心理がLさんに警鐘を鳴らしたとするなら、無理ならぬところです。
 
 それはともかくとして、現在のLさんは趣味の日々を過ごしているようです。インターネットや自作PCも駆使して、音楽やオタク趣味を楽しんでいる様子が窺えます。一方で、Lさんは恋愛しない自分・恋愛できない境遇に対して残念に思うところがあるようにもみえます。「コミュニケーションスキル/スペック改善の試みとしての脱オタ」に拘って視ると、この変化の無さや対異性コミュニケーションの消極性なりはまずいという結論を出したくなるかもしれません。ですが、Lさん自身の適応という視点から考えるとどうでしょうか。摂食障害も消退し、悠々自適の趣味の日々というのも決して悪くないものですし、そうやって老年期まで楽しくやれている人がいないわけではありません。よくある脱オタ者のように「本当は恋愛がしたいけど出来ない」「オタク以外ともコミュニケーションがとりたいけどとれない」という焦燥感を抱えているなら、Lさんは苦労してでもコミュニケーションスキル/スペックの鍛錬に移ったほうが良いでしょうけれど、Lさんにおいてはそういう切迫感は殆ど感じられません。何より、オタクであろうがなかろうが、幅広い文化圏とのコミュニケーションを実行する能力がLさんにはあるのです。敢えてLさんの欠点を探すとするなら、“惚れにくい”“もし惚れたとしても、自分の感情と距離をとってしまいやすい”という事になりますが、そもそもが異性に対する執着が薄いならば別に無理に恋愛しなければならないこともないと思います。

 幼少期からのLさんの嗜好を拝見する限り、Lさんは女性の割にはコミュニケーションに対する執着が低いようにみえてなりません。また、異性に対する執着という点でも非常に薄いもののように感じられます。果たして、そのような人が一定のホメオスタシスを維持している状況下において敢えて無理をしてまでコミュニケーションなり男女交際なりに熟達しなければならないでしょうか?Lさんは摂食障害や十二指腸潰瘍を患うなど、必ずしも神経がズ太いほうではないとお見受けしました。異性との距離を保って趣味の世界を大切にする生き様も、案外、自分自身のメンタリティを守るうえでも好適なものかもしれません。そこを踏み越えて敢えて「恋愛」に拘るべきか、思案のしどころだと思います。

※Lさんから追加のコメントを頂きました。興味のある方は、こちらをクリックしてご覧ください。