シロクマ注:
「音楽のほうがオタク趣味より優先度が高い」という構図は、高校時代のLさんのお小遣い振り分けにも既に現れています。以後、音楽を中核としつつ、種々のサブカルチャーの取り込みと、それを通した人間関係がLさんに展開されていきます。以後の生活歴からも分かることですが、Lさんはいわゆるアニメ・コミック・ゲームなどのオタク趣味にずっぽりハマっていたとか、
他に有力な選択肢がなかったというわけではなく、その点においてはよくある井戸のなかのオタク然とはしていません。
文化的多様性を幅広く確保するさまは、異文化への越境が困難な(コミュニケーションに関して支障のある)男性オタクおいてはあまりみられるものではありません、とりわけ二十代後半以降の世代において。
ではLさんの在り様が全くオタク的でないかというと、ちょっと引っかかるところはあります。どこかというと、どうやらコミュニケーションに際して
(多面的とはいえ)趣味や学問といったものを媒体として挟み込んで展開しているように見受けられる点です。マニアックな話題を共通の支点として、宙づりになった者同士が会話するという構図はオタクの得意とするところです。私が周りでみかけるありがちな女性達の会話においては、マニアックな話題なりオタな話題なりというものは必ずしも必要ではなく、むしろ話題はあってもなくても話していればそれで楽しいという傾向がみてとれるわけですが、Lさんはまるで男性オタクのように、媒体となる話題を基点として会話を楽しんでいるようにみえるのです。Lさんは一人でhobbyに費やす時間や興味も大きいですし、
女性にありがちな「コミュニケーションがそれ自体目的化しているが如くコミュニケーションを楽しむ」適応形態とは疎遠だったことが窺えます。オタク趣味を隠したいわゆる「隠れオタ」という処世術を採っている最中でさえ、別種の文化的コンテンツが会話の媒介として機能していたように感じられました
(これについてはLさん自身から回答的な補足コメントを頂きました。興味がある方はご覧下さい)。
Lさん自身、後のほうの文章で自分の中性性について触れるコメントをなさっていますが、この中性性の故に男性オタク的なコミュニケーション形態をとっていたのか、男性オタク的なコミュニケーション形態であるが故に中性的となったのかは判断の難しいところです。ともあれ、
学生時代のLさんのコミュニケーション・趣味消費の在り様が、典型的な女子学生のソレとは合致していなかった、ということは確かな事実のようです。そういえば、
症例8の女性の方も典型的な女子学生とは随分と異なるコミュニケーション・趣味趣向をお持ちでした。男性オタクである私からみると、女性に対するステロタイプとして「趣味の話以外でもよく喋る・人の話題でいつまでも話がもつ」という印象をもってしまうわけですが、そうでない女性が確かに存在していて、もしかすると
(オタク趣味に限らず)趣味の世界に生きているかもしれない、ということは記銘しておきましょう。本サイト寄稿の男性例とはかなり事情が異なっているように思えます。
さて、Lさんは摂食障害を呈しています。摂食障害・初潮の遅さ・男性オタク的コミュニケーションと三拍子そろうと、せっかちな読者の方のなかには「女性性を受け容れることが出来ないLさん」「成熟拒否」などと結論に飛びつく人もいそうですが、過剰適応の結果かもしれませんし、さてどうでしょうか。しかし
原因の如何に関わらず、そこには何か適応上のアンバランスがあっただろうと推定することは出来るわけで、何らかの心的危機がLさんにあったのだ、と理解しておきます。脱オタ云々は抜きにして重要だと思えるのは、
「原因がみつかっても仕方ない」「他人を全部理解できてないのに自分を全部理解して欲しいなんて考えるのはナンセンス」という点に自ら気づき、摂食障害をある程度軽減させている点です。この「境地」に至れば摂食障害が治るというわけではありませんが、この境地に至れないが故に摂食障害なりその他の適応上の障害なりを重く引きずっている人というのは、よくみかけるものです。その点において、Lさんは幸運だったと言えるでしょう。
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※本報告は、Lさんのご厚意により、掲載させて頂きました。今後、Kさんの御意向によっては、予告なく変更・削除される場合があります。ご了承下さい。