伊東静雄「反響」
わが家はいよいよ小さし


    春淺き


      くら
 あゝ暗と まみひそめ
 
 をさなきものの
  しつ
 室に入りくる
 

 
 いつ暮れし
 
 机のほとり
                いくとき
 ひぢつきてわれ幾刻をありけむ
 

 
 ひとりして摘みけりと
 
 ほこりがほ子が差しいだす
 
 あはれ野の草の一握り
 

 
 その花の名をいへといふなり
 
 わが子よかの野の上は
 
 なほひかりありしや
 

 
 目とむれば
 
 げに花ともいへぬ
    つ
 花薯けり
 

 
 春淺き雜草の
 
 固くいとちさき
  み             かず
 實ににたる花の數なり
 

            なれ
 名をいへと汝はせがめど
 
 いかにせむ
 
 ちちは知らざり
 

 
 すべなしや
 
 わが子よ さなりこは
 
 しろ花 黄い花とぞいふ
 

            うなづ
 そをききて點頭ける
 
 をさなきものの
 
 あはれなるこころ足らひは
 

 
 しろばな きいばな
 
 こゑ高くうたになしつつ
                          かた
 走りさる ははのゐる厨の方へ



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