北原白秋
 

「邪宗門」より

  
 ほのかにひとつ




  け し
 罌粟ひらく、ほのかにひとつ、
 
 また、ひとつ……
 
            むぎふ
 やはらかな麦生のなかに、
 なよかぜ
 軟風のゆらゆるそのに。
 
 
 薄き日の暮るとしもなく、
 つき      ふる
 月しろの顫ふゆめぢを、
 
 もつ               と いき
 縺れ入るピアノの吐息
 
 ゆふぐれになぞも泣かるる。
 
                       あ
 さあれ、またほのかに生れゆく
 
 色あかきなやみのほめき。
 
            むぎふ   もや
 やはらかき麦生の靄に、
 なよかぜ
 軟風のゆらゆる胸に、
 
  け し
 罌粟ひらく、ほのかにひとつ、
 
 また、ひとつ……



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