立原道造「優しき歌 II


 
 III さびしき野辺


 
いま だれかが 私に
 
花の名を ささやいて行つた
 
私の耳に 風が それを告げた
 
追憶の日のやうに

 
いま だれかが しづかに
 
身をおこす 私のそばに
 
もつれ飛ぶ ちひさい蝶らに
 
手をさしのべるやうに

 
ああ しかし と
 
なぜ私は いふのだろう
 
そのひとは だれでもいい と

 
いま だれかが とほく
 
私の名を 呼んでゐる……ああ しかし
 
私は答へない おまへ だれでもないひとに