寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
「あらゆる結婚の儀式の中で、最も神聖で、最もサブライムなもの
                                                  りゃくだつ
は、未開民訴区の間に今日でもまだ行われている掠奪結婚のそれで
 
ある。……
 
 近年まで、この風習が日本の片すみに残っていたが、惜しいこと
 
に、もうどこにも影をとどめなくなったらしい。
 
 そうして、近ごろ都会で行われるような、最も不純で、最も堕落
 
したいろいろの様式ができあがった。」
                              おうか
こう言ってP君が野蛮主義を謳歌するのである。
 
(大正十年六月、渋柿)


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