寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




   あしお                             ふるかわ
 足尾の坑夫のおかみさんたちが、古河男爵夫人に面会を求めるた
 
めに上京した。
 
 「男爵の奥様でも私たちでもやっぱり同じ女だ」といったような
 
意味のことを揚言したそうである。
 
 僕はこの新開を読んだ時に、そのおかみさんたちの顔がありあり
 
見えるような気がした。
 
 そうして腹が立った。……
                                 びまん                  れんが
 いくらデモクラシーが世界に瀰漫しても、ルビーと煉瓦の欠けら
 
とが一つになるか、と、どなりたくなった。……
 
 ヴイナスのアリストクラシーは永遠のものである。
 
 こう言ってQ君が一人で腹を立てている。
 
(大正十年六月、渋柿)


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