寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
 東京へんでは、七月ごろから、もうそろそろ秋の「実質」が顔を
 
出し始める。
 
 しかし、それがあめに、かえって、いよいよ秋の「季節」が到来
 
した時の、秋らしい感じは弱められるような気もする。
 
 たまには、前触れなしの秋が来たらおもしろいかもしれない。
(大正十年九月、渋柿)


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