寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
 宿屋や料理屋などの広告に、その庭園や泉石の風景をペンキ絵で
                                     いなか
描いた建て札のようなものが、よく田舎の道ばたなどに立ててあ
 
る。
 
 たとえば、その池などが、ちょっとした湖水ぐらいはありそうに
 
描かれているが、実際はほんの金魚池ぐらいのものであったりする
 
る。
 
 ああいう絵をかく絵かきは、しかし、ある意味でえらいと思う。
 
 天然を超越して、しかもまたとにかく新しい現実を創造するのだ
 
から。
 
(大正十年十二月、渋柿)


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