寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
 平和会議の結果として、ドイツでは、発動機を使った飛行機の使
 
用製作を制限された。
 
 すると、ドイツ人はすぐに、発動機なしで、もちろん水素なども
                  しちょう                                     か
使わず、ただ風の弛張と上昇気流を利用するだけで上空を翔けり歩
 
く研究を始めた。
 
 最近のレコードとしては約二十分も、らくらくと空中を翔けり回
 
った男がある。
 
 飛んだ距離は二里近くであった。
 
 詩人をいじめると詩が生まれるように、科学者をいじめると、い
 
ろいろな発明や発見が生まれるのである。
 
(大正十一年八月、渋柿)


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