寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




              かんこうば
 シヤトルの観工場でいろいろのみやげ物を買ったついでに、草花
 
の種を少しばかり求めた。
 
 そのときに、そこの売り子が
 
 「これはあなたにあげましょう。私この花がすきですから」
                                                       ほうせんか
と言って、おまけに添えてくれたのが、珍しくもない鳳仙花の種で
 
あっ一た。
 
 帰って来てまいたこれらのいろいろの種のうちの多くのものは、
 
てんで発芽もしなかったし、また生えたのでもたいていろくな花は
 
つけず、一年きりで影も形もなく消えてしまった。
 
 しかし、かの売り子がおまけにくれた鳳仙花だけは、実にみごと
 
に生長して、そうして鳳仙花とは思われないほどに大きく美しく花
 
を着けた。
 
 そうしてその花の種は、今でもなお、年々に裏庭の夏から秋へか
 
けてのながめをにぎわすことになっている。
          さ じ
 この一些事の中にも、霊魂不滅の問題が隠れているのではないか
 
という気がする。
 
(対象十一年十一月、渋柿)


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