寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




  うなぎ
 鰻をとる方法がいろいろある。
   うえ
 筌を用いるのは、人間のほうから言って最も受動的な方
 
法である。
 
 鰻のほうで押しかけて来なければものにならない。
            みみず   じゅず
 次には、蚯蚓の数珠を束ねたので誘惑する方法がある。
 
 その次には、鰻のいる穴の中へ釣り針をさしこんで、鰻の鼻先に
 
見せびらかす方法がある。
 
 これらはよほど主動的であるが、それでも鰻のほうで気がなけれ
                                         どろ
ば成立しない。次には、鰻の穴を捜して泥の中へ手を突っ込んでつ
 
かまえる。
 
 これは純粋に主動的な方法である。
         うなぎか
 最後に鰻掻きという方法がある。
 
 この場合のなりゆきを支配するものは「偶然」である。
 
(大正十二年六月、渋柿)


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