寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




  ほんごくちょう
 本石町の金物屋へはいった。
                           あお
 「開き戸のパタンパタン煽るのを止める、こんなふうな金具はあ
 
りませんか。」
 
 おぼつかない手まねをしながら聞いた。
 
 主婦はにやにや嗤いながら、「ヘイ、ございます。……煽り留め
 
とでももうしましょうか。」
 
 出して来たボール箱には、なるほど、アオリドメと片仮名でちゃ
 
んと書いてあった。
 
 物の名というものはやはりありがたいものである。
 
 おつりにもらった、穴のある白銅貨の二つが、どういうわけだか、
 
穴に糸を適して結び合わせてあった。
  みつこし
 三越で買い物をした時に、この結び合わせた白銅を出したら、相
 
手の小店員がにやにや笑いながら受け取った。
 
 この二つの白銅の結ひ合わせにも何か適当な名前がつけられそう
 
なものだと思ったが、やはりなかなかうまい名前は見つからない。
 
(大正十二年八月、渋柿)


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