寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
 ある日。
 
 汽車のいちばん最後の客車に乗って、後端の戸口から線路を見渡
 
した時に、夕日がちょうど線路の末のほうに沈んでしまって、わず
                                     レール
かな雲に夕映えが残っていたので、鉄軌がそれに映じて金色の蛇の
 
ように輝き、もう暗くなりかけた地面に、くっきり二条の並行線を
かく
劃していた。
 
 汽車の進むにつれて、おりおり線路のカーヴにかかる。
 
 カーヴとカーヴとの間はまっすぐな直線である。
 
 それが、多くは踏切の所から突然曲がり始める。
 
 ほとんど一様な曲率で曲がって行っては、また突然直線に移る。
 
 なるほど、こうするのが工事の上からは最も便利であろうと思っ
 
て見ていた。
 
 しかし、少なくもその時の私には、この、曲線と直線との継ぎは
 
ぎの鉄路が、なんとなく不自然で、ぎごちなく、また不安な感じを
 
与えるのであった。
 
 そうして、鉄道に沿うた、昔のままの街道の、いかにも自然な、
 
美しく優雅な曲線を、またなつかしいもののように思ってながめる
 
のであった。
 
(大正十三年一月、渋柿)


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