寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
 震災後、久しぶりで銀座を歩いてみた。
 
 いつのまにかバラックが軒を並べて、歳暮の店飾りをしている。
 
 東側の人道には、以前のようにいろいろの露天が並び、西側には
                                よし ず ば
やはり、新年用の盆栽を並べた葭簀張りも出ている。
 
 歩きながら、店々に並べられた商品だけに注目して見ていると、
 
地震前と同じ銀座のような気もする。
 
 往来を見てもそうである。
 
 してみると、銀座というものの「内容」は、つまりただ商品と往
 
来の人だけであって、ほかには何もなかったということになる。
 
 それとも地震前の銀座が、やはり一種のバラック街に過ぎなかっ
 
たということになるのかもしれない。
 
(大正十三年二月、渋柿)


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