寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
 ルノアルの絵が好きな男がいた。
 
 その男がある女に恋をした。
 
 その女は、他人の眼からは、どうしても美人とは思われないよう
 
な女であったが、どこかしら、ルノアルの描くあるタイプの女と似
 
たところはあったのだそうである。
 
 俳句をやらない人には、到底解することのできない自然界や人間
 
界の美しさがあるであろうと思うが、このことと、このルノアルの
 
女の話とは少し関係があるように思われる。
 
(大正十三年三月、渋柿)


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