寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
 夢の世界の可能性は、現実の世界の可能性の延長である。
 
 どれほどの有りうべからず事と思われるような夢中の事象でも、
                                     し ごく
よくよく考えてみると、それはただ至極平凡な可能性をほんの少し
 
ばかり変形しただけのものである。
 
 してみると、事によると、夢の中で可能なあらゆる事が、人間百
 
万年の未来には、みんな実現の可能性の中にはいって来るかもしれ
 
ない。
 
 もしそうだとすると、その百万年後の人たちの見る夢はどんなも
 
のであるか。
 
 それは現在のわれわれの想像を超越したものであるに相違ない。
 
(大正十三年四月、渋柿)


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