寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
 日本は地震国だと言って悲観する人もある。
 
 しかし、いわゆる地震国でない国にも、まれにはなかなか地震の
 
起こることはある。
 
 そうして、日本ではとても見られないような大仕掛けの大地震が
 
起こることもある。
 
 一九〇六年のサンフランシスコ地震の時に生じた断層線の長さは
 
四百五十キロメートルに達した。
                   かんしゅくしょう
 一九二〇年のシナ甘粛省の地震には十万人の死者を生じた。
 
 考えてみると、日本のような国では、少しずつ、なしくずしに小
 
仕掛けの地震を連発しているが、現在までのところで安全のように
 
思われている他の国では、存外三千年に一度か、五千年に一度か、
 
想像もできないような大地震が一度に襲って来て、一国が全滅する
 
ような事が起こりはしないか。
 
 これを過去の実例に徹するためには、人間の歴史はあまりに短い。
                              あ す
 その三千年か、五千年目は明日にも来るかもしれない。
 
 その時には、その国の人々は、地震国日本をうらやむかもしれな
 
い。
 
(大正十三年五月、渋柿)


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