寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
 大道で手品をやっているところを、そのうしろの家の二階から見
 
下ろしていると、あんまり品玉がよく見え過ぎて、ばからしくて見
 
ていられないそうである。
 
 感心して見物している人たちの方が不思議に見えるそうである。
 
 それもそのはずである。
 
 手品というものが、本来、背後から見下ろす人のためにできた芸
 
当ではないのだから。
 
(大正十三年八月、渋柿)


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