寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




   ひ ま わ り
 向日葵の苗を、試みにいろんな所に植えてみた。日当たりのいい
ちりづか
塵塚のそばに植えたのは、六尺以上に伸びて、みごとな盆大の花を
 
たくさんに着けた。
 
 しかし、やせ地に植えて、水もやらずに打ち捨てておいたのは、
たけ
丈が一尺にも届かず、枝が一本も出なかった。
 
 それでも、申し訳のように、茎の頂上に、一銭銅貨大の花をただ
 
一輪だけ咲かせた。
 
 この両方の花を比較してみても、到底同種類の植物の花とは思わ
 
れないのである。
 
 植物にでも運不運はある。
 
 それにしても、人間には、はたしてこれほどまでにひどくちがっ
 
た環境に、それぞれ適応して生存を保ちうる能力があるかどうか疑
 
わしい。
 
(大正十三年十月、渋柿)


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