寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
 雑草をむしりながら、よくよく見ていると、稲に似たのや、麦に
                あわ
似たのや、また粟に似たのや、いろいろの穀物に似たのがいくつも
 
見つかる。
 
 おそらくそれらの五穀と同じ先祖から出た同族であろうと想像さ
 
れる。
 
 それが、自然の環境の影響や、偶然の変移や、その後の培養の結
 
果で、現在のような分化を来たしたものであろう。
 
 これらの雑草に、十分の肥料を与えて、だんだんに培養して行っ
 
たら、永い年月の間には、それらの子孫の内から、あるいは現在の
 
五穀にまさる良いものが生まれるという可能性がありはしないか。
 
 人間の種族についてもあるいは同じことが言われはしないか。
 
(大正十三年十一月、渋柿)


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