寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
 糸瓜をつくつてみた。
 
 延びる盛りには一日に一尺ぐらいは延びる。
 
 ひげのようなつるを出してつかまり所を捜している。
 
 つるが何かに触れるとすぐに曲がり始め、五分とたたないうちに
 
百八十度ぐらい回転する。
                                                らせんけい
 確かに捲きついたと思うと、あとから全体が螺旋形に縮れて、適
 
当な弾性をもって緊張するのである。
 
 一本のひげがまた小さな糸瓜の胴中にからみついた。
 
 大砲の砲身を針金で掻くあの方法の力学を考えながら、どうなる
 
かと思って毎日見ていた。
 
 いつのまにかつるが負けてはち切れてしまったが、つるのからん
 
だ痕跡だけは、いつまでもちゃんと消えずに残っている。
                           まがたま
  棚の上にひっかかって、曲玉のように曲がったのをおろしてぶら
 
下げてやったら、だんだん延びてまっすぐになって来た。
 
 しかしほかのに比べるとやっぱりいつまでも少し曲がっている。
             よい
     ある宵の即景
 
   名月や糸瓜の腹の片光り
 
(昭和二年十一月、渋柿)


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