寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
 子猫がふざけているときに、子供や妻などが、そいつの口さきに
                            か
指をもつて行くと、きっと噛みつく、ひつかく。自分が指を持って
            な
行くと舌で嘗め回す。すぐ入れちがいに他の者が指をやると、やは
 
り噛みつく。
 
 どうも、親しみの深いものには噛みついて、親しみの薄い相手に
   な
は舐めるだけにしておくらしい。
 
(昭和三年一月、渋柿)


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