寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
 甲が空間に一線を劃する。
 
 乙がそれに続けて少し短い一線を画く。
 
 二つの線は互いにある角度を保っているので、これで一つの面が
 
定まる。
 
 次に、丙がまた乙の線の末端から、一本の長い線を引く。
 
 これは、乙の線とある角度をしているので、乙丙の二線がまた一
 
つの面を定める。
 
 しかし、この乙丙の面は、甲乙の面とは同平面ではなくて、ある
 
角度をしている、すなわち面が旋転したのである。
 
 次に、丁がまた丙の線の続きを引く。
 
 アンド・ソー・オン。
                                               じんぎ しゃっきょう こいむじょう
 長、短、長短、合計三十六本の線が春夏秋冬神祀釈教恋無常を座
 
標とする多次元空間に、一つの曲折線を描き出す。
 
 これが連句の幾何学的表示である。
                           さりきらい
 あらゆる連句の規約や、去嫌は、結局この曲線の形を美しくする
 
ために必要になる幾何学的条件であると思われる。
 
(昭和四年一月、渋柿)


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