寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
 いろいろな国語の初歩の読本には、その国々特有の色と香がきわ
 
めて濃厚に出ている。
 
 ナショナルリーダーを教わった時に、幼い頭に描かれた異国の風
 
物は、英米のそれであった。
 
 ブハイムを手にした時には、また別の国の自然と、人と、その歴
 
史が、新しい視野を展開した。
 
 ロシアの読本をのぞくと、たちまちにして自分がロシアの子供に
 
生まれ変わり、ラテンの初歩をかじると、二千年前のローマ市民の
              ろうせきばん
子供になり、蝋石盤をかかえて学校へ通うようになる。
 
 おとなの読み物では、決して、これほど農厚な国々に特有な寡囲
 
気は感ぜられないような気がする。
 
 飜訳というものもある程度までは可能である。
 
 しかし、初歩の読本の与える不思議な雰囲気だけは、全然飜訳の
 
できないものである
 
(昭和五年七月、渋柿)


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