寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
  曙町より(十三)

 
 デパートなどで、時たま、若い年ごろの娘の装身具を見て歩くこ
                                       くし
とがある。コートとか帯とか束髪用の櫛とか、そういうものを見る
 
ときに、なんだか不思議なさびしさを感じることがある。自分の二
 
人の娘は当人たちの好みで洋服だけしか着ない。髪も断髪であるか
 
ら、こういう装身具に用はないのである。
 
 しかし、それなら、もしも娘たちが和服も時々は着て、そうして
 
髪も時々は島田にでも結うのであったら、父なる自分ははたしてこ
 
れらの装身具をどれだけ喜んで買ってやることができるであろうか。
 
こう考えてみると、さらにいっそうさびしい想いがするのである。
 
(昭和八年四月、渋柿)


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