中原中也「在りし日の歌」


   
  


 
 ホラホラ、これが僕の骨だ、
 
 生きてゐた時の苦労にみちた
 
 あのけがらはしい肉を破つて、
 
 しらじらと雨に洗はれ、
                   さき
 ヌックと出た、骨の尖。
 

 
 それは光沢もない、
 
 ただいたづらにしらじらと、
 
 雨を吸収する、
 
 風に吹かれる、
 
 幾分空を反映する。
 

 
 生きてゐた時に、
 
 これが食堂の雑踏の中に、
 
 坐つてゐたこともある、
 
 みつばのおしたしを食つたこともある、
 
 と思へばなんとも可笑《をか》しい。
 

 
 ホラホラ、これが僕の骨――
 
 見てゐるのは僕? 可笑しなことだ。
 
 霊魂はあとに残つて、
 
 また骨の処にやつて来て、
 
 見てゐるのかしら?
 

  ふるさと
 故郷の小川のへりに、
 
 半ばは枯れた草に立つて、
 
 見てゐるのは、――僕?
  ちやうど
 恰度立札ほどの高さに、
 
 骨はしらじらととんがつてゐる。