中原中也「在りし日の歌」


   
  或る男の肖像


 
    1
                 しやれもの
 洋行帰りのその洒落者は、
  とし
 齢をとつても髪に緑の油をつけてた。
 

 
 夜毎喫茶店にあらはれて、
  そ こ                    さま
 其処の主人と話してゐる様はあはれげであつた。
 

 
 死んだと聞いてはいつそうあはれであつた。

    2
                         はがね
         ――幻滅は鋼のいろ。
        つや
 髪毛の艶と、ラムプの金との夕まぐれ
 
 庭に向つて、開け放たれた戸口から、
 
 彼は戸外に出て行つた。
 

              うなじ   てくび
 剃りたての、頚条も手頸も
 
 どこもかしこもそはそはと、
 
 寒かつた。
 

 
 開け放たれた戸口から
 
 悔恨は、風と一緒に容赦なく
 
 吹込んでゐた。
 

 
 読書も、しむみりした恋も、
                  たそがれ
 あたたかいお茶も黄昏の空とともに
 
 風とともにもう其処にはなかつた。

   3
 
 彼女は
           は ひ
 壁の中へ這入つてしまつた。
 
 それで彼は独り、
        テーブル
 部屋で卓子を拭いてゐた。