中原中也「山羊の歌」


    
   都会の夏の夜


 
 月は空にメダルのやうに、
 まちかど
 街角に建物はオルガンのやうに、
 
 遊び疲れた男どち唱ひながらに帰つてゆく。  
 
 ――イカムネ・カラアがまがつてゐる――
 

    くちびる
 その脣はひらききつて
 
 その心は何か悲しい。
 
 頭が暗い土塊になつて、
 
 ただもうラアラア唱つてゆくのだ。
 

 
 商用のことや祖先のことや
 
 忘れてゐるといふではないが、
             よる  ふけ
 都会の夏の夜の更――
 

 
 死んだ火薬と深くして
 
 眼に外燈の滲みいれば
 
 ただもうラアラア唱つてゆくのだ。