中原中也「山羊の歌」


    
   逝く夏の歌


 
並木の梢が深く息を吸つて、
 
空は高く高く、それを見てゐた。
                           ガラス
日の照る砂地に落ちてゐた硝子を、
                 あ わ
歩み来た旅人は周章てて見付けた。

 
山の端は、澄んで澄んで、
 
金魚や娘の口の中を清くする。
 
飛んでくるあの飛行機には、
 
昨日私が昆虫の涙を塗つておいた。

 
風はリボンを空に送り、
    かつ
私は嘗て陥落した海のことを 
 
その浪のことを語らうと思ふ。

 
騎兵聯隊や上肢の運動や、
 
下級官吏の赤靴のことや、
             のりて
山沿ひの道を乗手もなく行く
 
自転車のことを語らうと思ふ。