上田敏「海潮音」
花冠 アンリ・ドゥ・レニエ
みち うなだ 途のつかれに項垂れて、 もんぜん 黙然たりや、おもかげの おもひ あらはれ浮ぶわが「想」。 命の朝のかしまだち、 せいろ 世路にほこるいきほひも、 今、たそがれのおとろへを すか 透しみすれば、わなゝきて、 そむ 顔背くるぞ、あはれなる。 思ひかねつゝ、またみるに、 避けて、よそみて、うなだるゝ、 あら、なつかしのわが「想」。 げにこそ思へ、「時」の山、 山越えいでて、さすかたや、 「命」の里に、もとほりし なが足音もきのふかな。 さて、いかにせし、盃に 水やみちたる。としごろの がん 願の泉はとめたるか。 むなで かわ あな空手、唇乾き、 かつ にが とこしへの渇に苦める ひ ゑみ たた いと冷やき笑を湛へて、 ゆびさせる其足もとに、 たま くづ は に 玉の屑、埴土のかたわれ。 なれ つぎなる汝はいかにせし、 こはすさまじき姿かな。 ろう ふぜい そのかみの臈たき風情、 なよたけ 嫋竹の、あえかのなれも、 おぞ うたげ 鈍なりや、宴のくづれ、 がみ しし みだれ髪、肉おきたるみ、 か きぬ 酒の香に、衣もなよびて、 ふ 蹈む足も酔ひさまだれぬ。 ゆ ゆ い あな忌々し、とく去ねよ、 おも さて、また次のなれが面、 れいよう みれば麗容うつろひて、 かなしみ そ 悲 、削ぎしやつれがほ、 指組み絞り胸隠す そう てぶり 双の手振の怪しきは、 す えんこん 饐ゑたる血にぞ、怨恨の ばみ 毒ながすなるくち蝮を おほ 掩はむためのすさびかな。 おと また「驕慢」に音づれし なが獲物をと、うらどふに、 ぞめ えび染のきぬは、やれさけ、 しやく げ 笏の牙も、ゆがみたわめり。 又、なにものぞ、ほてりたる ぎようよく もろ手ひろげて「楽欲」に らうがはしくも走りしは。 だきしめむご 酔狂の抱擁酷く 唇を噛み破られて、 つま 満面に爪あとたちぬ。 きよう 興ざめたりな、このくるひ、 す われを棄つるか、わが「想」 はづ あはれ、耻かし、このみざま、 なれみづからをいかにする。 しかはあれども、そがなかに、 おこなひ 行 清きたゞひとり、 きぬもけがれと、はだか身に、 出でゆきしより、けふまでも、 おとどひ あだし「想」の姉妹と みちこと こ 道異なるか、かへり来ぬ ゆ な ――あゝ行かばやな――汝がもとに。 ほうおんりん 法苑林の奥深く ぎよくよう 素足の「愛」の玉容に むつ なれは、ゐよりて、睦みつゝ、 りようげ ふさ 霊華の房を摘みあひて、 うけつ、あたへつ、とりかはし そう ひたひ 双の額をこもごもに、 いつ かんむり 飾るや、一の花の 冠。 |
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