・抑圧(repression)
自我(心)を脅かすような、受け入れ難い観念や記憶・それに伴う情動や衝動を無意識に追いやってしまうことによって、心の安定を維持するメカニズムを、S.フロイトは抑圧と定義づけた。厳密には「嫌なモノを無意識に放り投げる機能」と「一度無意識に放り投げたモノが意識に戻ってくるのを防ぐ機能」の二つに分類されるが、ここでは詳細は割愛する。「忘れる」という出来事も、一部は抑圧に含めてしまうこともあるため、ある意味誰もが常に発動しっぱなしの機制と捉える事も出来る。
抑圧の例としては、何か凄く嫌な印象を受けたエピソードがあって、普段はそれを忘れていても(=嫌な記憶を無意識に放り出していても)、そのエピソードに類似した人や場所や時間をなんとなく避けるようになっている、などが挙げられる。ちなみに抑圧されたものは無意識のうちには残っているので、症状や行動のなかに微かに見受けられたり、夢のなかで出てきたりするといわれている。しかし、その侵襲的なエピソードを回想ばかりしていては心が保たないような出来事を、完全とまではいかないにしても日常から遠ざけてくれる抑圧の役割は非常に大きいと捉えられる。
ちなみに、この抑圧という防衛機制(とその他の防衛機制の連合)をもってしても葛藤が食い止めきれず、防衛機制をオーバーランさせざるを得なくなってくると神経症症状をきたすという事になるが、実地のオタク達をみる限り、彼らがやたらめったら神経症症状をきたしているという事はない。仮に彼らの葛藤が強いとしても、抑圧以外の防衛機制がきっちりと協同することもあって、神経症症状には至らない者が殆どであり、殆どのオタク達は精神科や心療内科とは全く縁の無い生活を営んでいる。少なくともオタクであるという事が最大の原因になって精神科を受診するオタクなんてものは殆ど存在しないし、存在されてもこちらは困ってしまうだろう。
では、本人の意識にすら上らないという抑圧の痕跡はどこにも残っていないものだろうか?例えば…幼児期に変質者の悪戯で心に深手を受けた女の子が、その記憶本体を忘れてはいても当時関連していたファクターに強い拒否感を示すような痕跡が…。しかし、精神分析を正式にやっているわけでない相手に「それはあんたの過去の嫌な記憶が抑圧されているからだよ」と言い放つのはいくらなんでも暴挙に過ぎないので、やはり本当のところは分からないとしか言いようが無い※1。
だが、オタク達の多くが(彼らの生活とは直接の関係がないのに)不思議と嫌うものや叩くもの追いかけていくと、抑圧された具体的対象までは分からなくても、「何か分からないが、この件に絡んで何かが抑圧されているっぽいなぁ?」と疑うところまでは出来るかもしれない。オタク達のオレンジレンジへの嫌悪あたりは疑いたくなるが、もちろん実際のところまでは分からない。他の防衛機制以上に、抑圧は発見が難しく、見つけたとしても抑圧の具体的対象に至るのは至難である。よって、抑圧という防衛機制をオタクにみたとて、何が抑圧の対象となっているものなのかを指摘する事は諦めさせて頂く。
なお、「抑圧」と似た言葉の「抑制(inhibition)」は似て非なるものなので注意。「抑圧」は我慢すべき不快な感情や観念を、自分でも気づかないうちに無意識へと追いやってしまう(意識に上らせない)ものを指す。「抑制」は意識しちゃっている不快を随意的に意識の外(前意識)に押し込めようとするものを指す。定義上からも、「抑圧」された内容は随意的に意識に登らせる事が出来ないし、本人は意識下では気づき得ない。対して、「抑制」された内容は元々随意的に意識の外に押し込めようとしたものだけあって、必要な時にはいつでも意識化する事が可能である。
「抑制」は、皆さんもご存知の通り、誰もがオタク/非オタクを問わずに日常生活の中で随意的に用いているが、これは随意的な作業なので、必要な時にはいつでも思い出す事が出来るし、常に自覚的である。