|序|||||||||||

 

夕暮れの中、ぱちぱちと街灯に明りが点き始める。
「地蔵通り」
街灯の支柱に張り付けられた古びた看板が、黄昏に浮かび上がる。
駅外れの商店街。
車が漸く擦れ違える程度の道。
シャッターの赤錆が街灯の橙を受け、虚しくも鮮やかで有る。

そんな中、冴上刑事は帰路を急いでいた。
眉間にシワを寄せ、早足で歩く様は、正に不機嫌そのもので有る。

それもその筈…
「小田急線代々木八幡駅前で、刃物を持った男が暴れている。憑き物の疑い有り。」
との、警視庁本部からの要請に出動してみれば、男は単なる覚醒剤中毒者。
全く出る幕がなかった上に、所轄の代々木警察署の刑事には邪険にされ、その上こんな空出動でも、事件報告を書く為に、一旦署に戻らなければ成らないのだ。
これで不機嫌に成るなと言うのが無理な話で有る。

「ったく!」
そう言うと冴上刑事は、右の拳で左の掌を打った。
ぱしっ!
乾いた音が周囲に響く。

ふと我に返った。周囲を見回す。
彼女は近道に成るかと思い、先程の地蔵通りから、一本脇の小道に入っていたのだ。
(この道で大丈夫かな…)

そう思ったその時で有ろうか、彼女は不思議なものを目にした。
目にした、と言うよりかは、目にせざるを得なかった、と言うのが正解かも知れない。

そう、そこには一面に広がる草原が有ったのだ。
腰の丈程の草が一斉に生い茂り、地平線が見える程ではないにしろ、その向こう側が霞んで見える程の広い草原が…

でも一体、こんな草原の何が不思議なのか?
いや、草原そのものは不思議ではない。

只、こんな草原が…
こんなに広い草原が…
こんな都会の真ん中に…
人々に忘れられたかの如く…
いまだに存在していた事が…

不思議だったので有る。

その草原は、夕暮れの太陽を受け金色に輝き、風と共に草がたなびく。
丸で金色の大海を、怒涛の往くが如く。

彼女は、警視庁刑事部捜査零課麾下機動隊第零独立中隊隊員、冴上巡査長は、只その光景を黙って見ていた。
そうするしかなかったのだ。

感動、懐古、歓喜、哀愁…
そんな多くの感情に、彼女は捕らわれていたので有る。

先程までの不機嫌、そんなものは今の彼女にとって、とても小さなものに成っていた。

 

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