|||||||||||終|

 

それから20分程歩いただろうか。
王、あくぴー、くわはら、冴上の四人は、目指す地蔵通り商店街に到着していた。
昨日、一昨日同様、夕刻差し迫った頃で有る。

「この辺だったかな。」
言うと、王刑事は突如一本脇の道に入る。

「その辺なら、昨日探しましたよーっ!」
冴上刑事が声を掛けるが、王刑事は立ち止まる所か、振り向く気配さえない。
普通に歩いている筈なのだが、その足は妙に速い。
慌てて付いて行く他の三人。

「えーっと、ここかな…、いやあっちだ。」
王刑事は更に歩みを進め、又、小道へと入って行く。
一本道を曲がる度に、街灯の光りも薄くなり、ちょっとでも目を離せば、王刑事を見失ってしまう錯覚さえ覚える。

「もーっ!その辺にもないですってばーっ!」
ぱたぱたと小走りで、必死に付いて行く冴上刑事。
あくぴー、くわはらの二人もそれに続く。

「いったーい!」
冴上刑事が、突如何かにぶつかった。
王刑事の背中で有る。

「ごめんなさい。有りました。これですよ。」

王刑事が指差したその先には…
一つの御稲荷様が有った。
誰もがその存在さえ忘れてしまう様な、小さな御稲荷様。

「この前来た時は、こんなものなかったのに…」

二体の狐象が斜陽をうけ、その表情には深い陰影を、その空間には長い静寂を作り出している。
冴上刑事は、何かに憑かれたかの様に、じっと見入ってしまった。

その静寂を破ったのは、遅れてやって来た、あくぴー、くわはらの両刑事で有った。
「はぁはぁ、ようやく追いついたぁ…」
「もぅ、王さん歩くの速いですよぅ。…あら、可愛い御稲荷様♪」
「ホントだ。こんなものが有ったんだぁ。」
「へぇ、昨日来た時は、全然気付かなかったわね。」
気が付けば、遅れて来た二人も、この小さな御稲荷様に夢中で有る。

そして、そんな三人を前にして…
「冴上さんが、一昨日見た草原と言うのは…」
王刑事は口を開いた。
「恐らくは、こいつが化かしたものなのでしょう。」

それを聞いた三人は…
ポカンとした。

それもそうだろう。
誰だって、こんな事を大真面目に言われたら、我が耳か、相手の頭を疑いたく成ると言うもので有る。

しかし王刑事は続けた。
「古来より狐と言うものは日本に存在し、守り神、豊穣の神として、又は、祟り神として、人々に崇められていたものなんです。只ちょっと…」

「ちょっと?」
興味津々な冴上刑事。

「いたずら好きなんです。」
「いたずら好きぃ?そんな神様がいるのぉ?」

「そうです。神様と言っても、人間に近い感情を持っていたりするんですよ。喜びもするし、怒りもするし、泣いたりもするし、笑いもする。そして…、いたずらもする。草原を見た時、冴上さん、悲しんだり、怒ったりしてませんでしたか?」

「う〜ん…」
ちょっと考えた後。
「うん、してた!むちゃくちゃムカ付いてたの!」

王刑事は納得したかの様に深く頷いた。
「やはりそうでしたか。そんな冴上さんを見て、ちょっとからかいたく成ったのでしょう。ひょっとしたら、励ましたかったのかも知れません。」

「ふーん。」

「でも恐らくは…、こいつ自身が寂しかったんでしょう。」

「寂しい?!神様なのに寂しがるの?」

「そうです。神様は、人が楽しそうにしているのを見るのが大好きなんです。でもその反面、みんなが自分の事を忘れてしまったり、誰も傍に来てくれなく成ったりすると寂しがるんです。場合に依っては、怒って祟り神に成って、悪災をもたらしてしまう事さえ有る。」

「えーっ!大変じゃないですかぁそれ!」

「そう。だからお祭りが有るんです。」

「お祭り?」

「自分達の楽しそうな姿を神様に見て貰って、神様にも喜んで貰おう。寂しがったり、怒ったりしない様にして貰おう。それがお祭りなんです。」

「へーそーなんだぁ。私お祭りって、縁日が出るから嬉しいな、ってぐらいにしか思ってなかったぁ!」

「それでいいんですよ。楽しんでる姿を見て貰えてるんですから。この辺でも、年に一回、秋祭りが有りますね。みんなここの傍の八幡様には行きますが、ここまでお参りに来る人は、そうはいないのでしょう。だから寂しがって、たまたま傍を通り掛かった冴上さんを、からかってみたく成ったんだと思いますよ。」

これを聞いている三人。
何も発するべき言葉がない様だ。
ちらと御稲荷様に目だけをやる。

「だから我々だけでも…」
王刑事が続ける。
「この辺に来た時だけでも、こいつの顔を見に来ましょう。」

そう言って、ビニール袋の中から、先程買った油揚げを取り出した。
それを台座の上に供えると、目を瞑り手を合わせた。

暫くは、それを只見ていた三人で有るが…
誰からともなく、王刑事に倣い、そして全員が手を合わせた。

車の音が、随分と遠くに聞こえる。
ひうと、その日最初の夜風が、頬を撫でた。

黙想を終えた王刑事が振り向くと、冴上刑事が言った。
「私ちゃんとお参りに来ます!みんなが忘れても、私だけは来ます!」

「そうですか。それはいい事です。」
王刑事は微笑みながら、何度も頷いた。

「だからみんなも来ましょう!ね、あくぴーさん、みわ姉さん!」

「そうね。」
「はいはい、わかった。」
熱意に押された二人で有る。
冴上刑事は二人の手を取り、喜びを体現している。

その光景を微笑みながら見ていた王刑事が、いよいよ三人に声を掛ける。
「そろそろ行きましょうか。日も落ちました。寒く成る前に。」

「はい!」
冴上刑事の返事を合図に、四人全員その場を後に歩き出した。

ふとその瞬間…
冴上刑事は、足元を何かが抜けた様な気を受けた。

さっと振り向き、闇に目を凝らす、が…

「ばいばい。」
冴上刑事はそれだけ言うと、小走りにその場を後にした。

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